シヴィアです。今日もお疲れ様です。
「自分を大事にしましょう」
「もっと自分を愛してあげて」
SNSや本を開けば、そんな優しい言葉が溢れています。でも、本当に疲れ切っているとき、その言葉はときに「追い打ち」のように聞こえませんか?
自愛。自分を愛する。 言葉の意味はわかる。 でも、それってどうやるの??
ストレス解消のため、好きな香りのバスソルトを買う。 お気に入りのスイーツで癒される。好きな音楽を聴いて 自分を大切に扱う時間をつくる…
かつては楽しめたはずの「ご自愛」が、今の自分には重すぎる。何が好きだったかも思い出せないし、選ぶための体力さえ残っていない。
「自分を大事にする方法が、そもそもわからない」
もしあなたが今、そんな崖っぷちに立っているのなら、無理に「好きなこと」を探すのはもうやめていいのかもしれません。
そういうことを勧める記事を読むたびに、 どこか遠い国の話を読んでいる気分になる。
かつての私には、行方不明になってしまった「好きなもの」を探す体力が残っていませんでした。
スピリチュアルな引き寄せや、キラキラした丁寧な暮らしのメソッド。
それらを試しても心が晴れなかった私が、唯一「あ、楽になれた」と感じたのは、何かを足すことではなく、自分を侵食しているノイズを徹底的に「引き算」することでした。
今回は、私がどん底で試して、ようやく「心の余白」を取り戻せた3つの具体的な習慣についてお話しします。
形から入ることで、鏡に映る自分の色が少しずつ変わっていく。 そんな、静かな再生の記録です。
1. 自分を大切にする方法って?
たぶん必要だったのは“自分が嫌なことを無理してやらない”こと。
自分を大事にするって、
いつも気分よく過ごしたり、誰かに尽くすことじゃなくて、むしろ
- つらいときに無理しない
- 嫌なことを嫌だと認める
- 相手が少しがっかりしても、自分を守る
- 「相手の期待」より「自分の消耗」をちゃんと見る
こういうことのほうが近いようです。
好きだったものへの喜びや興味が消滅する。その状態は、感性が死んだのではなく、ただ「心の帯域」が限界を迎えているサイン。
疲れ切った心にとって、それを突き付けられるのはかなりつらいのです。
だからこそ、無理やり自分を+(陽)の方へもっていこうとしないのがいいです。
2. 方法①:5分間のシャンプーを「自分への再ログイン」に変える
最短時間で済ませていたシャワーを、あえて丁寧な工程に変えてみました。
時間もダラダラと、時間をかけて入りました。(体力があるときは風呂の中で映画を見たり、Youtubeや音楽を聴いたり、数時間過ごしたりもします)
変わった気がしたのは、シャンプーです。
シャンプー前にブラッシングをし、指の腹で頭皮の凝りを解きほぐす。シャンプーの泡は髪が立ち上がるぐらいモコモコにしました。
不思議なことに、物理的に頭が軽くなると、気分の色が少し変わっていくのを感じました。
それは、自分を単なる「処理すべき案件」として雑に扱うのをやめた、小さな瞬間でした。
ブラッシングの明確な刺激で、あからさまに頭が軽くなるので、考えすぎが減るのです。
特別なことは何もしていない。 ただ、いつものシャワーを、少しだけ丁寧にしただけ。 それだけで、自分に再接続できる気がしました。
3. 方法②:安いプラスチック容器を捨て、自分を「安売り」するのをやめる
「安いから」「とりあえずこれでいいから」と選んでいたプラスチック容器。
気づけば、私は自分自身の扱いまでも、その容器と同じように「安くて雑なもの」にしていたのです。
丸形の深いもの、四角くて浅いの。
統一感もないので、置いておくスペースもごちゃついているのがストレスになっていました。
少し値の張るガラス容器に統一したとき、冷蔵庫の中の景色と一緒に、何かが少し書き換わりました。
透明なガラス越しに食材を眺める時間は、ささやかだけど、自分を雑に扱わない練習になっています。
食べ残しや使いかけの食材も、統一したガラス容器にしまう。
ラップはもう使わない。
それが私にはとても落ち着くことでした。
まだ使える…と思っても、一気に変えてみてください。
4. 方法③:断捨離で”今”使わないものは捨てる
自分を大切にする方法で断捨離の情報に触れたことがある人もいると思います。
「いや、ものを捨てただけで何が変わるんだよ…」と思った私。
普段からものを持たないようにしていたから、捨てるものはもうないと思っていました。
でも捨てるものを決めていくうちに、大きなごみ袋3つ分になっていました。
やってみてわかったことが2つあります。
私たちのような疲れ切った人にとって、
- 物理的に整った視界
- 捨てる感覚の練習
が断捨離で得られるのです。
断捨離の本当の効果は、スペースが空くことだけじゃなくて
「自分を見張る意識」が消えることです。
私の場合は、いつか使うかもしれないととっておいた画用紙や創作の道具、もう連絡をとらないSNSの知人。
好みじゃないけど使っていたリュック。
見返さない写真。
もらったけど趣味じゃないお土産。
などなど。
それらを捨てて初めて、自分がどれほど無意識に「他人からの視線」に脳の帯域を占領されていたかに気づかされました。
余計なものが消えると、思考は驚くほどシンプルになっていきます。
自分と他者の境界線がはっきりとし、頭の中がしんと静かになっていくのです。
でも断捨離はけっこう頭を使います。
「これは捨てていい?持っておきたい?もう使わない?」
疲れ切ってるときは捨てやすいものから捨ててみるといいです。
たった1コからで大丈夫。
どのぐらい続ければ自分を見つけられる?
ものを捨てる→頭すっきり~!とはならないのが難しいところです。
自分を大切にすると決めてから効果が出るまで、私は1~2年かかりました。
もしかしたらもっとかかっているかもしれないし、これから効果が出る可能性もあります。
効果が出るというのは、私が自分の輪郭を再発見できたという意味。
例えば、
・飲み会の場がほんとに苦手であると自覚したこと。
・朝7時に起きるのが本当に難しいこと。
・漫画やアニメがすごく好きだと気づくこと。
・自分がとても優しい気質であること。
・今いいと思える音楽や曲の発見。
・服好きだと思っていたのに、ファッションの好みがわからないと気づいたこと。
やってみて逆効果だったこともあるし、よくわからないこともありました。
1年あればいろいろな出来事があります。
その中でひとつひとつ、自分なこう感じているな、と気づいていくのです。
物理的なノイズを消して、ようやく手に入れたこの『静寂』。
そこに今、私は新しい言葉を書き込み始めています。
空いた帯域をどう使い、自分だけの『聖域』を守り続けるか。その具体的なノートの記録は、noteに詳しく綴っています。


コメント